生理痛を軽く見ないで欲しい


医療の現場でも生理痛というのは軽くあしらわれているのだとその時、痛感しました。

 

だから、いまだに生理痛に関しての治療の進歩が遅れているのだと思うのです。

 

結局のところ、医療に従事する人は月経困難症では勤まらない訳だし、月経困難症で悩んでいる人っていうのも、ガン患者のように多くないわけだから、理解されないのも当然のことなのかもしれませんね。

 

月経困難症についての社会の理解度がはるかに低いのは、月経困難症になってみて初めてわかるものですが、それ以前に生理痛に関しても結局のところ「我慢が足りない」っていう風にあしらわれてしまうものなんだと感じています。

 

私は月経困難症により、学生時代から、何をするにも常に生理痛とか月経のことを考えて行動しなければならなかったのです。

 

そういった不安や憤りに自分自身が押しつぶされそうになったことも多々あります。

 

でも今はなんとかこうして、こういう場で自分なりの意見を述べているのですが、それでも、今までの自分の歩みを顧みると、どうしても悔しい思いしか残っていません。

 

もしも、私が月経困難症でなかったら、今はもっと違っていただろうと思うとやはり、「たかが、生理痛」では済まされないものなのです。

 

私の意見はとても主観的なものかもしれませんが、私は今までに月経困難症により数々のことを諦めてきたその代価をどこかで取り戻したいと思っています。

 

また、そういった強い意志がないと今後も関わってくるであろう月経困難症に対して、自分自身が対処できなくなってしまうかもしれないからです。

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